- 1989年
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「苫小牧スガイボウル」に“AS-80”を装備。これにより、当社所有全レーンのコンピュータ化・ビジュアル化が完了
- 1989年
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札幌須貝ビル・旭川須貝ビル・須貝ボウルコンパルの各ビリヤード場を縮小し、本格的カラオケスタジオをオープン。以後、主にビリヤード場からカラオケスタジオへの転換及びゲーム場の拡大を、翌年にかけて各地で展開
- 1989年
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「琴似スガイボウル」内のボウリング場を縮小し、カラオケスタジオをオープン
- 1990年
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室蘭市東町で「室蘭グランドボウル」等を営むマルタケ産業株式会社を買収
- 1990年
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「室蘭グランドボウル」をリニューアルオープン。ブランズウィックの最新コンピュータシステム“ダイナミックビジョン”導入のボウリング場及びカラオケスタジオ、バッティングセンター、ゲーム場を併設したレジャービルに転換
- 1990年
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「琴似スガイボウル」地下1階のビリヤード場を、メダルコーナーを含む本格的なゲーム場にリニューアルオープン
- 1991年
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老朽化のため「小樽花園映画劇場」を閉館
- 1991年
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札幌須貝ビル内のボウリング場に、シャープの最新コンピュータシステム“CS-3”を国内初導入し、リニューアルオープン
- 1991年
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鈴木保男が代表取締役社長に、初代社長の須貝富安が代表取締役会長にそれぞれ就任
- 1991年
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札幌須貝ビルにボウリング場とゲーム場を増床するため、映画館3館を閉館
- 1991年
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子会社のマルタケ産業株式会社、株式会社旭川劇場及び関連会社の旭川須貝ビルディング株式会社、株式会社小樽花園映画劇場の4社を吸収合併
- 1991年
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札幌須貝ビルのボウリング場とゲーム場を増床してリニューアルオープン。UFOキャッチャー・ブームを迎え、各施設でゲーム場フロアの増床を展開
- 1992年
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旭川須貝ビル1階のテナント契約を解除し、ゲーム場をオープン。既存の2館と併せて、道内最大規模となる
- 1992年
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釧路須貝ビルにゲーム場フロアを1フロア増設
- 1992年
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会計処理業務等の効率化を図るため、オフィスコンピュータNEC3100/A90を導入。6月から給与システム、10月から財務会計システム、さらに翌年4月からは本社と全営業施設をISDN回線によるオンラインで結び、売上及び仕入・未払い管理システムを稼働
- 1992年
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札幌市北区「スガイ24」の駐車場を閉鎖し、ゲームフロアを増築
- 1993年
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札幌市白石区に屋内施設としては全国最大級となる、延床面積約4,000坪の超大型アミューズメントビル「SDエンターテイメント」をオープン。ボウリング40レーンと2フロア約2,000坪のゲームスペースを設置
- 1993年
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SDエンターテイメントオープン時に、プロモーションキャラクターとして5人組のユニット「ディノス5」を結成。メンバーは「玉野ピン子(ボウリング)」、「ドリフト伯爵(カート「ドリフトキング」)」、「百手太郎(おばけ屋敷“百手館”)」、「バーディーパー子(パットゴルフ)」、「魔女っ子ローリー(占い魔女の館)」の5名。当時のキャッチコピー「ドデカスゴイ」と共に、道内で話題に。
- 1994年
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札幌市白石区「SDエンターテイメント」に、通信カラオケ設備と充実した飲食設備をもつSDエンターテイメントカラオケ(25室)をオープン。他のカラオケ施設にも、通信カラオケ設備と飲食設備を順次導入
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札幌市が厚別区・手稲区を新設、9区体制となる
- 昭和天皇逝去、皇太子が即位し、元号は平成に
- 道央自動車道の深川-旭川鷹栖間開通、旭川と札幌が高速道で直結
- イラクがクウェートに侵攻、湾岸危機の端緒に
- 道央と道東を結ぶ国道274号(札幌‐帯広間)が全面開通
- 独立国家共同体創設で、ソ連邦が消滅
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第1回YOSAKOIソーランまつり開催
- 国連平和維持活動(PKO)協力法案成立
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商業複合施設「サッポロファクトリー」がオープン
- 55年体制が崩壊、連立政権による細川内閣成立
- 札幌市営地下鉄の東豊線豊水すすきの‐福住間が開通
- 自・社・さきがけが連立、村山富市社会党委員長のが首班の内閣発足